今年も暑い夏がやってきた。
私がいるのはJR名古屋駅のコンコースの外れ。新幹線改札口の近く。
外では太陽が青空に高く。あたりは行き交う人でごった返している。当然、駅には冷房も入っているのだろうが、それよりも人の熱気の方が強い。私は半袖Tシャツにジーパンというラフな格好だったが、立っているだけでじっとりと汗ばんできていた。
みんなどこかへ出かけるところだろうか。それともどこかから帰ってきたのだろうか。それとも…。
独り人混みを眺めては、ぼーっとそんなことを考えつつ、私はただ人を待っていた。
今日、名古屋にはるばる遠地から訪ねてくる人たちがあるのだ。
ここまで書くと分かる人もいるかもしれないが。そう、今日はくみさんたちが名古屋に来る日だったりするのだ!
くみさんたちについては前回の「ある夏の物語」を読んでいただくとして。かれこれお会いするのは約1年ぶりになる。あの時は私が向こうまで行ったのだけれども…。
あ、新幹線着くのそろそろかな?
と、腕時計を見たその時。
「あ、よせ鍋さん。お久しぶりです」
「やぁ」
「久しぶりだにゃ☆」
「こんにちは」
改札からでてきたのは4人。
ゆかりさんとかりんちゃんとぷりむちゃんと…。
「そういえばよせ鍋さんとお会いするのは初めてですよね?」
そうそう、みおちゃんだ。この前はお留守番だったのでお会いできなかったのですよね。
「今回のお留守番は、らいむとぷらむです」
とは、ゆかりさん。
「そうそう、彼女たちからことづてを預かってきましたわ」
と、白い封筒を渡された。中には同じく白の便せんが1枚入っていた。
どれどれ…、と便せんを広げてみる。
らいむ:ですぅ
ぷらむ:なの~
…以上。って、をい、私にどうコメントしろと?
あ。あれ? そういえば、肝心のくみさんは?
「あぁ、あいつだったら、車で来るってさ」
不機嫌そうにかりんちゃん。
「やめとけって言ったのに」
え、車でって…。名古屋までかなり距離あると思うのですけど…。
「くるまで待つにゃ 」
「うるさいっ!」
ピコッ!
「うにゃー…」
あ、ぷりむちゃんが飛んでいった。
かりんちゃん、相変わらずチタン製ピコピコハンマー(通称ピコハン)常備しているのですね…。新幹線で何か言われませんでした?
「すみません、ご迷惑かけて…」
みおちゃんが申し訳なさそうに謝る。
いえいえ、お構いなく。もう慣れましたから…。
「で、確かおいしいもの食べられるところへ連れていって下さるという話でしたよね」
とは、ゆかりさん。
ま、まぁ、くみさんに連れていってほしいと頼まれたお店はありますけど…。
「じゃあ、先にそこへ行って待ちましょう」
「おいしいものたべるにゃ☆」
…本当にいいんですか、みなさん。私は知りませんよ~…。
私たちは地下鉄を乗り継ぎ、炎天下の中を10分ほど歩いていた。
「あ、あつ~」
「疲れたにゃ~ 」
さすがのかりんちゃんとぷりむちゃんもちょっとばて気味。
「さ、がんばりましょう」
ゆかりさんは意外に元気。みおちゃんは黙々と歩いている。
「一体どこまで連れて行くつもりなのよ!」
幸いにして、かりんちゃんにピコハンを振り上げる余力はなさそうなので、一安心。
…えっと、ここなんですけど…。
「あら、こんなところにお店が」
とは、みおちゃん。
住宅地の奥の雑木林の中にひっそりとたたずむ一軒家風。その前の駐車場には、イラスト付き白塗りの看板があった。なのに意外に目立たないのはなぜだろう。
「えー、なになに。『喫茶…』って、ここ喫茶店じゃないの!」
「かっこつけてるにゃ 」
「それはキザや~!」
ピコッ!
「うにゃー…」
あ、ぷりむちゃんまた飛んでった…。
ええ、ここ喫茶店なんですけど。食べ物のメニューいろいろありますよ。本当にいろいろ。
けっこう有名なお店なんですけどね、奥まったところにありますから、場所知らない人も多いんです。
くみさんは無事にここまでたどり着けるのでしょうか? 確かに、くみさんの車ってすごい車ですけど…。
「某所では、悪い車って言われてたにゃ 」
あ、ぷりむちゃん、ばらしちゃだめだって。本人気にしてるんですから。
「では入りましょう」
変わらずマイペースなゆかりさん。
…いいんですか? 私は責任もちませんよ…。
私たちは薄暗い店内の奥のテーブルに案内された。
店の中には喫茶店にしては不思議な香りが漂っている。
「これがメニューですね」
おそるおそるメニューを広げるみおちゃん。その中には細かい字でびっしりとメニューが書かれていた。
「え、なにこれ? パスタとピラフの数が多いですね」
「やっぱりパスタよね」
「おもしろそうだにゃ ぷりむこれにするにゃ 」
「じゃ、あたしはこれ! みおはこれにしなよ」
みんなわいわいとメニューを選んでいく。
本当にいいのかな、止めなくて…。
彼女たちが頼むメニューをきいた私は絶句。
…でも、特製鰻丼作るくらいの人たちだからなぁ…。
そう。私はそう考えて、あえて何も言わなかったんです。
お店の人に注文を伝える。…ちょっと胸が痛む。
「ねぇ、どうして今のお店の人、注文きいて笑ってたの?」
かりんちゃんにそうきかれても、私はピコハンがこわくて本当のことなど言えなかったのでした…。
そして数十分後…。
テーブルの上に運ばれてきた4つのパスタの皿を前に、固まる人影。
赤いの1つ。黄色いの1つ。緑色が2つ。それぞれの皿からはえもいわれぬ芳香…。
…もうおわかりの方もいらっしゃいますよね?
そう、ここは名古屋の誇る名(迷?)店『喫茶マウ○テ○』だったりします。そして彼女たちが頼んでいたメニューこそ、あの名高い「甘口イチゴスパ」「甘口バナナスパ」「甘口抹茶小倉スパ」「メロンパン風スパ」。
…これ以上コメントできません、辛くて。甘いけど。
味の方は各自想像してみてください。おそらく実際はそれを10倍くらいすごくした感じです。しかもそれが巨大な皿に無慈悲なくらい山盛りになっているという…。
「どうしてこのパスタこんなに量が多いのかにゃ~ しかも麺が太いにゃ~ 」
「このにおい何とかならないのかよ!」
あ、みなさんようやく金縛りがとけたようですね。
「あのぅ、よせ鍋さん、これって本当に食べられるんでしょうか…?」
おそるおそる尋ねるみおちゃん。気持ちはよーーーく分かります。でも、ほら向こうで実際に食べている人いるでしょ? 一応、食べ物なんです、たぶん。
「…本当だろうな、それ…」
いや、そう言われると自信ないですけど…。
勇気を振り絞って一口手を出したのはかりんちゃん。さて…。
「…!! 」
あ、自爆した…。はい、お水。
「げほっ、あ、甘~…」
やっぱりダメでしたか…。
「ちょっとよせ鍋さん、あたしたちを殺す気~!」
あ、かりんちゃん、やめましょう。お願いだから、ピコハンは降ろそうね。
ねぇ、ゆかりさんも何か言ってくださいよ。黙っているとこわいですよ…。
「…よせ鍋さん、な・ん・で・こんな店連れてきたんですか?」
…ゆかりさん、もっとこわいです。
だ、だって、くみさんがどうしても連れていってほしいって言うから~。
私は反対したんですよ。
ちゃんとおいしいもの食べられるところにしましょうって。でも…。
「ということは、ここへ来るはめになったのは、あいつのせいってことね」
え、いや、まぁ、そうなるかなぁ…。
「…殺す!」
あ、かりんちゃん、目がすわってる…。
「まずは種からほじくるにゃ~ 」
「それはカラスやー!!」
ピコーン!!
ベキッ☆
激しい音ともに天井を突き破り、大きなアーチをえがいて飛んでいったのは、ぷりむちゃん。
おーい、大丈夫かー?
とその時。
…ブロロロロロロ~…!
突然の耳をつんざく轟音! というか、聞き覚えのある轟音。
キキキキッーーー!
激しいブレーキ音とともに駐車場に…。
ゴンッ
あ、飛んでいったぷりむちゃんが当たったもよう。
そして。
「ごめんごめん、遅くなって。なんか降ってきたけど、どうしたの?」
お店の扉を開けて入ってきたのは、くみさん。黒い帽子をかぶり、片手には目を回しているぷりむちゃんを引きずっている。そういえばくみさんの車って、とっても丈夫だったのでしたね。
まぁ、どうしてこのお店の場所が分かったのかはきかないでおきましょう。
「あ、例のやつ、もう頼んだんだ? へぇ、これかぁ」
そのまま、くみさんは興味津々私たちのテーブルの方へやってきた。
「うわぁ、すごいね。話にはきいていたけど、こんなの絶対食べられないよね。こんなの食べてみようと思うやつの顔が見てみたいよ、ははは…」
あ、それくらいにしておいた方が…。
ビュン! ピココーン!!!
ベキッ☆
さらに激しいかりんちゃんのピコハンの一撃。
そして、特大のアーチをえがいて飛んでいったのは、くみさん。
キラッ☆
…お星さまになってしまいましたね…。
「3回願いごとをいうにゃ 」
ピココーン!!!
…もう一丁上がり。
おしまい
※この話もフィクションです…? 事実に基づいていないところもあるとかないとか。なお、某喫茶店のメニューにはおいしいものもあるのですよ?