ある夏の物語 III

~ for Eucalyptus Time ~

 それは1通のメールから始まった。

 暑いよ~…。
 照りつける真夏の日差しの中、ようやくの帰宅。クーラーを入れた後、いつものようにPCの電源を入れ、メールをチェックする。その日、私が目にしたのは、1通の無題の新着メールだった。
 あ、くみさんからだ。久しぶりだなぁ。何だろう?
 何の気なしにメールを開いた私は、そのまま固まった。

 今追われています。
 しばらく姿を消しますが、心配しないでください。
                    久美くみ


 …追われてるって? 心配するなって言ったって…。
 ちなみに、くみさんについてはこれまでのお話を読んでください。って、説明をしている場合ではなく。慌ててくみさんの携帯に電話した。
 プルルルルル…
「あ、よせ鍋さん!? ちょうどよかった!」
 けれど、電話に出たのはくみさんではなく。
「大変なの! くみがいなくなっちゃったのよ!」
 落ち着いて、かりんちゃん。それは本当なの!?
「あ、ゆかりさんに代わるわね」
「もしもし、よせ鍋さんですか?」
 あ、ゆかりさん、くみさんがいなくなったって…。
「ええ、そのことなんですけど。心当たりがあるので、明日の朝10時に東京行の切符をもって名古屋駅新幹線ホームまできてもらえませんか?」
 え、明日? 新幹線?
「では、お願いしますね」
 プッ…ツー…ツー…
 何? え? 東京ですか…?

 というわけで次の日、何が何だか訳の分からないまま、私は新幹線ホームに立っていた。
「あ、よせ鍋さん、こっちこっち!」
 ちょうどホームに入ってきた新幹線。その扉から身を乗り出してかりんちゃんが手を振った。
 …やっぱり、私も乗れっていうことですよね。

 座席のところには、ゆかりさんとぷりむちゃんがいた。そして、網棚の上に乗るはずもないチタン製ピコピコハンマー(通称ピコハン)は通路のところに鎮座。
 ゆかりさんとぷりむちゃんお久しぶりです。
 かりんちゃん、やっぱりこれ持ってきていたのですね…。
 あれ? らいむちゃんとぷらむちゃんは?
 かりんちゃんと席に座りながら尋ねる。
「あ、2人には別の用で先に向かってもらってます」
 と、ゆかりさん。手にはなにやらゲームボーイ大の機器を持っている。
「あれ、よせ鍋さん、私のこと『さん』付けに変えました?」
 ゆかりさんが尋ねる。
 ええ、くみさんにいろいろききまして。『さん』じゃないと、こわ…いや、失礼かなと。前の原稿も直しておきましたので。
「…分かりました。後でくみさんによーく言っておきますね」
 あはははは…。
 その笑顔が…。くみさん、ごめんなさい。
 で、その手にしている機械は何なんです?
「これですか? 新作のくみ追跡機ですよ」
「少し前のことにゃ☆」
「それは『ついさっき』や~!」
 ピコッ!☆☆☆
 かりんちゃんのピコハン一閃。
「うにゃー…」
 飛んでいくぷりむちゃん。
 あの、一応新幹線の中ですから…。
「くみさんに取り付けたGPSに反応して居場所が分かるんです」
 とはゆかりさんの説明。
 え、くみさんGPS持っているんですか?
「いえ、本人には内緒で。大丈夫ですよ、絶対分からないところに取り付けてありますから」
 にこやかに答えるゆかりさん。
 …いいんでしょうか。どこに取り付けられているのか知るのがこわい気もするけど…。
 でも、そんなものがあるなら、くみさんすぐに見つけられそうですね。私いなくてもよいのでは?
「そんなことないですよ。よせ鍋さんにはぜひ協力してもらわないと」
 真剣な眼差しでゆかりさんが力説する。なぜかかりんちゃんもうなずく。
「駅弁はいかがですか」
 ちょうどその時、車内販売のお姉さんがワゴンを押して通りかかった。
「おなかすいたにゃ☆ 駅弁食べるにゃ☆」
 とぷりむちゃんが言うと。
「ごめんなさないね、急いでいたものだから財布に余分なお金入れてくるの忘れちゃって。我慢しましょ」
「いやだにゃ☆ おなかすいたにゃ~☆ ひもじいにゃ☆」
 そして3人して私の顔を見る。
 …そういうことだったのですね。
 分かりましたよ。買えばいいんでしょ。
「やっぱりここはうなぎにゃ☆ 特性鰻丼つくるにゃ☆」
「やめいっ!」
 ピコッ!☆☆☆
 あ、ぷりむちゃんまた飛んでった…。
 とっても先が思いやられます…。

 そんなこんなで新幹線は何事もなかったかのように進んでいきます。
 富士。
「サマージャンボにゃ☆」
「それはくじや~!」
 ピコッ!☆☆☆
 熱海。
「1等にゃ☆」
「それは当たりや~!」
 ピコッ!☆☆☆
 横浜。
「たこ焼きにゃ☆」
「ほとんど川崎や~!」
 ピコッ!☆☆☆
 そして、終点東京。
 ゆかりさんのくみ追跡機を見ると。
「もう少し先。臨海副都心ですね」
 ならばゆりかもめですね。
 そしてそのまま新橋へと移動。
 改札を出て、ゆりかもめへの階段を見ると…。
「何でこんなに人が多いんだよ!」
 思わずかりんちゃんが叫ぶ。
 …長蛇の列ですね。
「せまいにゃ☆ 暑いにゃ☆」
 満員電車の中、私たちはゆりかもめに揺られながら、くみ追跡機の指し示す先へと進んだ。
 有明。
 東京ビッグサイト。
 その意味を、私はまだ知らなかった。

 くみさんはこの中にいるのですね…。
 白い巨大な建物。東京ビッグサイトが目の前にそびえ立っている。
 しかし…。どうしてこんなに人が多いのでしょう。分厚いカタログや大きな紙袋を持った人たちが通りをひっきりなしに行き来している。コスプレしている人までいるとは…。
「コミケにゃ☆ 夏コミにゃ☆」
 突然、ぷりむちゃんが叫んだ。
 え? そうなんですか。これがあの有名な…。
「オタクっぽそうなのたくさんいるしね」
 って、かりんちゃん、そんな身もふたもないことを…。
「あ、ゆかりさんいたの~☆」
「頼まれていたものですぅ☆」
 と、そう言って現れたのは、らいむちゃんとぷらむちゃん。ゆかりさんに大きな紙袋を渡した。
「ありがとう。では全員そろったことですし、そろそろ行きましょうか」
 ごくり…。
 そして我々は、魔窟、コミケ会場へと足を踏み入れたのでした。

 会場の中は外にもまして人が密集していた。通路をゆく人、座り込む人。ともすればみんなとはぐれそうになるほどの喧噪の中を先へと進んだ。
 この人数の中からくみさんをさがすのはさすがに難しいですよね…。
 くみ追跡機は、確かにこの巨大ホールのどこかにくみさんがいることを指し示してはいたが、この人数の中から1人を探し出すと言うことは不可能に近い。
 どうしましょう?
 ホール中央の広い通路で立ち止まってゆかりさんに尋ねる。
「大丈夫ですよ。いいものがありますから」
 そう言って、ゆかりさんは大きな紙袋を取り出した。
 さっきの紙袋ですね。何が入っているんです?
「これですか? くみさんの大好物ですよ」
 嬉しそうに答えるゆかりさん。
 え、大好物?
「ふりふりの服なの~☆」
「けもの耳もあるですぅ☆」
 と、らいむちゃんとぷらむちゃん。
ふりふり好きでけものマニアな人間にはたまらないはずですわ」
 …さすがゆかりさん、くみさんの趣向をよく分かってらっしゃる。
「そこをこいつで捕まえる、と」
 そう言ってかりんちゃんが取り出したのは巨大な投網。いったいどこにそんなもの持っていたんです?
「さっそくばらまくにゃ☆」
 ゆかりさんから紙袋を受け取ったぷりむちゃん。
 あ、でも…。
「こうでどうにゃ~☆」
 通路の真ん中に紙袋の中身を勢いよくばらまいた。
 どどどどどどど~…
 もうもうと巻き上がる土煙。轟く足音。
 …遅かったか。
「え、えーい!」
 訳の分からないままかりんちゃんが投網をなげる。
 バチッ☆
「うぎゃぎゃっ!」
 え?
「これ電気ショック付きなんです」
 って、ゆかりさん、そんな危ないもの渡さないでください。
 ぶすぶすと白い煙を上げる投網の中には、真っ黒に焦げた人の山。
 …100人は入っていそうですね。
「大漁にゃ☆」
 コミケ会場なら、ふりふり好きでけものマニアな人間たくさんいるでしょうから…。
「くみ、どこだー!」
 ぽいぽいと人の山をかき分け、くみさんをさがすかりんちゃん。
 そしてついに…。
「見つけたっ!」
 くみさんは人山の一番下でふりふりの服とけもの耳をしっかりと抱えていた。
「はっ! しまった、罠だと分かっていながら体が…」
 ようやく我に返ったくみさん。かりんちゃんと目が合う。
「あ、やば…」
「まてーっ!」
 逃げるくみさんとピコハン片手に追いかけるかりんちゃん。
「人のブースで買い漁っている場合じゃないだろー!」
 ピコッ!☆☆☆
「ふりふりとけものグッズほしいんだもん」
「自分の原稿まだあがってないくせに!」
 ピコッ!☆☆☆
「だって早くしないと売り切れちゃうんだもん」
「また後半が白い本にするつもりかー!」
 ピコッ!☆☆☆
 え、くみさん追われているって話…?
「ええ、今、締切に追われているんです」
 …。心配していた私って…。
「みんなで鬼ごっこするにゃ☆」
「するですぅ☆」
 有明の海。
 そびえ立つ東京ビッグサイト。
 照りつける太陽の下。
 今年も暑い夏が過ぎていく。

「まてー!」
「やだよーん」

 …夏。

おしまい

※この話もフィクション…のはずだったのですけど。まさか実話になるとは…。